IHI(7013)の株価は、2024年9月2日に約10年ぶりの高値を更新し、そこから2026年2月10日の天井まで約+392%(およそ5倍)になりました。きっかけは、業績が赤字から過去最高益へV字反転したことです。ところが天井をつけたあとは急落し、現在は天井から−40%まで戻しています。
先に結論を3行で示します。
- 10年ぶりの高値更新=2024年9月2日。業績が赤字から黒字へ反転した局面と重なった
- 天井=2026年2月10日、ブレイクから+392%(5倍)。天井では25日移動平均を+31%上回る過熱状態だった
- 天井後は−40%(安値では−50%)。それでも利益は過去最高を更新し続けた
「大化け株カルテ」は、過去に大きく上昇した銘柄を1銘柄ずつ、当ブログの株価データベース(東証ほぼ全銘柄・日次・概ね2000年以降)で解剖する連載です。今回は上昇から天井、その後の下落まで含めて”過去の記録”になった局面を扱います。2026年7月22日の終値は2,779円で、天井から−40.8%の位置です。
データ更新日:2026年7月22日
⚠ 本記事でいう「上場来高値」は、データでさかのぼれる範囲での最高値です。IHIは100年を超える歴史を持つ企業ですが、当ブログの株価データは概ね2000年前後から始まるため、ここでの「10年ぶりの更新」は2014年12月29日につけた高値を2024年9月に抜いたという意味になります。株価は分割調整後(配当は調整していません)、騰落率は終値ベースで売買コストを含みません。業績は会社の決算短信の実績値です。過去の記録の解剖であり、現在の売買を推奨するものではありません。
IHIの株価は、この20年でどう動いたか
| 時期 | 出来事 | 株価 |
|---|---|---|
| 2014年12月29日 | それまでの高値 | 910円 |
| 2020年3月19日 | コロナ・ショックで安値 | 156円 |
| 2024年9月2日 | 10年ぶりに高値を更新 | 終値955円 |
| 2025年4月7日 | 関税ショックで地合い悪化(道中の最大の押し) | 1,261円(−25.3%) |
| 2026年2月10日 | 天井 | 高値4,698円 |
| 2026年6月11日 | 天井後の安値 | 2,358円(天井比−49.8%) |
| 2026年7月22日 | 現在 | 2,779円(天井比−40.8%) |
2014年の高値910円から2020年の安値156円まで、株価はおよそ6分の1(156円÷910円)まで沈んでいます。10年という空白は、この長い低迷を映したものでした。
10年動かなかった高値を抜けた——ただし”綺麗なブレイク”ではなかった

高値更新そのものより、抜け方の質を見ておきたいところです。2024年9月2日のIHIは、次のような状態でした。
| 指標 | 2024年9月2日 | 当ブログの目安 | 判定 |
|---|---|---|---|
| 出来高 | 25日平均の1.49倍 | 2倍以上(出来高の読み方) | △ |
| 25日移動平均からの乖離 | +20.6% | 30%超で過熱(利確と過熱ライン) | △ |
| ベースの深さ(910円→354円) | 61% | 一般に30%前後までが健全(ベース・保ち合いの読み方) | ✕ |
正直に言うと、IHIのブレイクは教科書的とは言えませんでした。出来高は25日平均の1.49倍で、当ブログが基本目安にする「2倍以上」には届いていません。しかも高値を抜いた時点で、株価はすでに25日線を+20.6%上回っていました。つまり「気づいたときには、株はもう走り出した後」だったわけです。
さらに直前のベースは61%と非常に深く、これは「保ち合いを抜けた」というより、コロナ後の低迷からの回復途上で高値に到達したという性格でした。新高値は追いかけるほど難しい——IHIのブレイクは、その現実がよく出た例だと言えるでしょう。
IHIの株価はなぜ上がったのか——赤字から過去最高益への反転

では、綺麗なブレイクでもなかったIHIが、なぜ5倍まで走ったのか。答えは業績にあります。
- 2024年3月期:営業損益 約−701億円、純損益 約−682億円の赤字決算
- 2025年3月期:一転して営業利益 約+1,435億円、純利益 約+1,127億円。いずれも当時としては過去最高でした
赤字から過去最高益へ——このV字が、10年ぶりの高値更新と同じ時期に起きています。防衛・航空エンジン・原動機といった主力事業への追い風(防衛費の増額、航空機エンジンの整備需要、円安)が重なり、市場は「IHIの収益力が別物になった」と評価を切り替えました。株価が10年来の岩盤を抜いたのは、この業績の反転が見え始めた瞬間だったわけです。
前回の三菱重工のカルテでは、株価5.7倍の内訳を「利益1.9倍 × 評価3.0倍」と分解しました。ところがIHIには、同じ分解がそのまま使えません。出発点が”赤字”だと、利益が何倍になったかを計算できないからです。マイナスの利益を基準にした倍率には意味がありません。
この違いこそが、大化けの2つの型を分けています。
| 型 | 触媒 | 代表 |
|---|---|---|
| 利益主導型(IHI) | 赤字→黒字、最高益など利益そのものの改善(IHIは符号が変わる”反転”の典型) | 数字の裏付けがあるが、倍率では測れないほどの改善が起点 |
| 評価主導型(三菱重工) | もともと黒字で、将来利益への評価が切り上がる | 利益の伸びを超えて株価が動く |
IHIは、利益そのものが赤字から記録的黒字へ跳ねた利益主導型の典型でした。しかも符号が変わる”反転”という、いちばん鮮やかな形です。三菱重工が「評価の切り上げ」で上がったのとは、上昇のエンジンが違います。
では、IHIの株価はなぜ下がったのか——過去最高益なのに−40%
ここが、三菱重工と驚くほど似ています。
天井をつけた2026年2月10日以降、IHIの株価は5ヶ月で−40.8%まで下げました。ではその間、業績が悪化したのか。まったく逆です。
2026年6月に発表された2026年3月期は、純利益1,610億円で前期をさらに上回る過去最高でした。上のグラフのいちばん右の棒が、その新記録です。利益は反転にとどまらず、さらに定着して伸びていたわけです。
にもかかわらず、株価は天井から4割下げました。つまり、上昇の主役は「赤字からの反転」でしたが、天井から下げた局面で動いていたのは業績ではありません。IHIも三菱重工も、利益が過去最高を更新するなかで株価が下げた——この共通点は、大化け株の天井を考えるうえで示唆的です。株価の天井は、業績のピークとは別のタイミングで来る、ということでしょう。
天井のサインは「25日線から+31%」だった
天井をつけた日、IHIの株価は25日移動平均を+31%上回っていました。
当ブログのデータベースで見ると、上場来高値を更新する瞬間の25日線からの乖離は中央値11.5%・上位10%が約30%です(観測期間2026年1月30日〜/地合いによって変動します)。IHIの天井の+31%は、過熱の「最上位」に届いていた水準でした。三菱重工の天井が+8.5%(過熱サインなし)で崩れたのとは対照的に、IHIはわかりやすい過熱の果てに天井をつけたわけです。
同じ天井でも、過熱して崩れるものと、過熱サインなしで崩れるものがあります。25日線からの乖離は前者を捉える有効な物差しですが、後者は捉えられません。「乖離が大きいから危ない」は成立しても、「乖離が小さいから安全」は成立しない、と整理しておくのが実務的でしょう。
5倍の道中は、9回の押し目と一度の−25%だった
結果だけを見れば5倍ですが、その間ずっと持ち続けるのは簡単ではありませんでした。
ブレイクから天井までの約17ヶ月(526日)で、終値ベースで10%を超える押し目が約9回あります。最も深かったのは2025年4月7日の−25.3%でした(2025年3月17日の1,689円から1,261円まで)。米国の関税政策をめぐって世界の株式が動揺した局面です。
5倍になる株ですら、道中で一度は4分の1を失っている——この事実は、「握れば報われた」という後知恵がいかに危ういかを示しています。実際にこの9回の揺さぶりを受けながら握り続けるには、あらかじめポジションサイズと損切り幅を決めておく仕組みが要るでしょう(資金管理とポジションサイジング)。なお2026年7月22日時点のATR(Average True Range:直近の値動きの平均的な幅)は135円で、株価に対して約4.8%です。ATR×2を損切り幅の基本とする当ブログの考え方では、この水準は1回の損切りで株価の約10%を見込むボラティリティ、ということになります。
そして天井後、株価はおよそ半値まで戻した
IHIのいちばんの教訓は、天井をつけたあとにあります。天井(4,698円)から2026年6月11日の安値(2,358円)まで、下落率は−49.8%。5倍まで走った株が、おおよそ半値まで戻したわけです。
これは「テンバガーの半分は行ってこい」という言葉が指す現象の、生きた実例です。大きく上げた株ほど、天井からの下げも大きくなりがちです。5倍という上昇だけを見て「握っていれば報われた」と考えるのは、この−50%の戻りを後知恵で消してしまっているからでしょう。上昇の記録と、その後の戻りは、セットで見る必要があるでしょう。
この記録の読み方——3つの注意点
第一に、後知恵であることです。ここまでの整理は、天井を打ち、その後の下落まで見えた後だから書けるものにすぎません。ブレイク当時に「これから5倍になり、そして半値まで戻る」と判断できた材料は、当時のチャートと決算だけからは得られなかったはずです。
第二に、選択バイアスと生存バイアスです。この連載は大きく上げて天井まで打った銘柄を選んで扱います。選定の時点で結果を知っている以上、ここに登場するのは常に勝者側のサンプルです。10年ぶりに高値を抜けた銘柄がすべて5倍になるわけではありません。当ブログの独自データでは、初回の高値更新日の終値に対する現在値は中央値−4.7%・マイナス側が61.4%(観測期間2026年1月30日〜・含み損益ベースで実現リターンではありません)で、更新後に伸び悩む銘柄のほうがむしろ多数派です。
第三に、数値は観測日で動きます。株価・騰落率は2026年7月22日時点、業績は2026年3月期実績までを反映しています。最新の業績は株探などでご確認ください。
大化け株のカルテを読む目的は、「次のIHI」を当てにいくことではないと考えています。見るべきなのは再現性のある型のほうでしょう。長く動かなかった高値、それを抜けるときの業績の変化、上昇の正体が「利益の反転」なのか「評価の切り上げ」なのか、そして過熱の果てにどう戻すのか——この流れを分解して見る訓練として、過去の記録は使えるはずです。
次の候補は、今日のデータから探す
当ブログでは、毎営業日の引け後に上場来高値を更新した銘柄と、更新が間近の銘柄を記録した無料のデータベースを公開しています。IHIを解剖したのと同じ物差し——出来高25日平均比、25日線乖離、ベースからの位置、時価総額、業種——で、その日の候補を絞り込めます。
あわせて読むと、この記録の位置づけがはっきりします。
- 三菱重工の株価はなぜ5.7倍になったのか:同じ防衛重工でも、上げた理由は「評価の切り上げ」だった(IHIとの対比)
- 「テンバガーの半分は行ってこい」は本当か:倍株の到達と定着を独自データで検証
- 「高値間近」の銘柄は本当に高値を更新するのか:昇格率と昇格までの日数を独自データで検証
- 株の利確タイミングはいつ?:25日線乖離から過熱を判断する方法
- 上場来高値とは?:年初来高値・52週高値との違い
免責事項:本記事は過去の株価データと公表済みの決算にもとづく観測の記録であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。記載した数値は当ブログが独自に算出した概算を含み、正確性・完全性を保証するものではありません。投資の最終判断はご自身の責任において行ってください。(免責事項)


